2017年5月30日火曜日

うちの父ちゃんがマツコの知らない世界に出た話

わたしの父親は今でこそ「カメラマン」と呼ばれるが、
インスタントカメラの専門家としてマツコの知らない世界に呼ばれるように、
いわゆる「プロカメラマン」の正規ルートは全く歩んでこなかった。

編集者だった彼が、撮影の待ち時間モデルたちと交流を持つためのツール、
それがたまたまインスタントカメラだっただけ。
その「ありのままさ」がウケて、インスタントカメラで写真を撮り続け
ついにはマツコの知らない世界に呼ばれるまでになった。

それまでの10数年決して順風満帆だったわけじゃない。
わたしが幼いころネットで「米原康正」をエゴサーチすれば
2ちゃんねるは暴言で埋まっていた。
いわく、
・こんなの芸術じゃない
・ちゃんとしたカメラも知らない癖に
・女子にモテたいだけのエロカメラマン
 
このへんの時代
彼らの気持ちも分からなくはなかった。
確かに彼は純正のカメラマンではない。いかつい一眼レフなんて持ったことない。
それはエロなのか、写真なのか、アートなのか、リアルなのか
綺麗にはカテゴライズされないものだった。
だが、この世の仕事なんてものは「純正」「純正じゃない」ではなくて、
何かを求める人がいて、それに応えられるのであれば
どんな形であっても構わないのである。
それは「アイドルもやる声優」とか、「バラエティもやるアイドル」も一緒で
需要があるからこそ、そこに仕事が生まれる。
それが正しいか正しくないかなんてものは、何の足しにもならない。
作品の良い悪いには、まるで影響しない。

彼は、海外アーティストなどに愛されながら
また、自分からあらゆることを発信しながらここまでやってきた。
暴言を吐かれながら。時にはSNSで喧嘩を買って相手をこてんぱんにしながら。

わたしが近くで見ていてひたすら感服するのは、
そのハートの強さだ。
わたしは常々何事も成功するのはハートの強い人間だと思っている。
何事であっても、それにどうこう言う人はいる。
どう見ても正論のツイートにだって、しょうもないリプライをする人がいる。
そういう人の声は往々にしてデカいから、
99人が味方で敵がたった1人だったとしても、
どうしようもなく心を抉られ、
心が弱かったらやる気を削がれてしまうかもしれない。
それを動力に変えて動ける力を持っていることこそが、凄いことなのではないだろうか。

わたしは間違えておっさん誌のグラビアで育ってしまったので
正直彼の写真の良さはわからないが、
自分の道を突き進む姿を最高にカッコイイと思っている。

先日「スナックよね」と呼ばれるイベントに潜入したが、
彼は4時間マイクを離さなかった。
普通ならおじさんはお金を払ってスナックに行くのに、
よねちゃんにはよねちゃんの歌を聞いてくれる人がいる。
愛されてるなあってすごくうれしくなりました。

時々「おいそれはないだろ父よ」と思うことも多々あるけど、
父がこうして自由に生きていけるのは、支えてくださるみなさまのお陰です。
娘よりお礼申し上げます。本当にありがとう。


ただこれは家族のLINEでも活用していくわ。

あっ、一週間は
ここから見れるらしいので見てない方はぜひ見てね。


よん

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