2018年3月18日日曜日

「セクハラ展」から現代社会について勝手に考える

「水中ニーソ」の古賀学、シンプルかつポップでかわいい女の子を描く白根ゆたんぽ、エロかわいい写真をビビッドな色でアートに仕上げる米原康正で構成されるアーティスト系アイドルグループ「古白米」。
「グループ展やろう!」という飲み屋ノリトークから「この3人でやろう」「アイドルデビューしよう」と話がどんどん盛り上がり、2017年の8月に記念すべき第一回が開催された。
問題になったのはそのタイトル。
「sexy harajuku」略して「セクハラ展」と名付けられたタイトルは、社会(主にツイッター)の「女性差別を許さない」という風潮も相まって、しばらく非難の対象になった。
しかし「セクハラ展」では、セクハラに関する写真が置かれているわけでもなければセクハラへのメッセージ性もない。
奇遇にも原宿に強い思いを持って活動しているセクシーな作品を作る3人が、「セクシーハラジュク」略して「セクハラ」という名を冠しただけの話である。
そこに、通常意味する「セクハラ」と同じ意味を持たせる必要があるのだろうか。
悪意を見出すとしたら、受け取り側の問題でしかないのでは?

「おじさんの皮をかぶった女子高生なのかな…?」と思うほどキャッキャと盛り上がる彼らの様子は、作品だけではどうしても伝わらない。
その中で人の不快感は、ありもしない事実を作る。
キャッキャしながら作った「アー写」に関して、「自撮りする女子への嫌味が詰まっている」というコメントをツイッターで見た。
「フィルター、3枚がけしちゃお」「かわいすぎる!」と楽しんでいた気持ちでさえ、悪意のフィルターをかけると「嫌味」に見えてしまう。



わたしはどちらかといえばこの世をもっと男女平等にしていきたいほうだ。
男子中学生が理性なくグラビアアイドルに押し寄せたことについては罰するべきだし、渋谷でおっぱいを触らせてたフリーおっぱいyoutuberの動画はあまりに男性たちが女子をモノとしか見てなくて悲しくなるし、女性専用車が許せないなら女性専用車両をなくすのではなく男性専用車を作るべきだし、女性が家事をして当たり前って価値観は消滅しろって思ってる。
だけど「セクハラ」とか「太もも」とか表に出る言葉だけを取り上げて、どんなものであるかも見ずに「女子を性的に消費している」と受け取るべきなのだろうか?
この世から悪い行いは消していくべきだと思う。
でも、言葉を捕らえて人の自由を奪うことは等しく凶暴な行いに思えてならない。
先ほどの「おじさんが女子と同じフィルターをかけて写真を撮ったら女子をバカにしている」という考え方は、逆に「おじさんは女子をバカにするもの」という考えが根底に潜んでいるように見える。
女子は大切にしてほしいけど、それは男子を蔑ろにすることではない。
双方に尊重しあって生きていける社会になるためには、まだまだ時間がかかりそう。

そんなわたしの思いとは全く関係ないゆるかわいい展示会は、原宿で開催中です☆☆☆
【開催概要】
タイトル:古白米「もっとSEXY Harajuku」展
会期:2018年3月9日(金)〜3月21日(水) ※3月15日(木)休廊
会場:PATER’S Shop and Gallery(東京都渋谷区神宮前2-31-18)
回廊時間:12:00〜19:00
入場:無料



よんうさこ
twitter https://twitter.com/yonusa1

0 件のコメント:

コメントを投稿