2013年3月19日火曜日

こわいもの

わたしは今日怒ってます!!!
http://jp.ibtimes.com/articles/41878/20130318/411925.htm#.UUcrJTwMcfQ

ニュースによると
広島原爆資料館は被爆者を模した人形の展示を「怖いから」という理由でリニューアル後は撤去を決定したそうです。



…怖いから?



怖いから?



結局は”作り物”である人形の展示を
「客観性に欠けると判断したから」という理由で撤去を決めたならまだわかる。

それを、「こどもが怖がるから」??




元来、その模造品である人形は
原爆というものがよく分からない、残されたものだけでは理解しきれないものを
より分かりやすくするために作られたものだと思うんですよ。
特にこどもたちにでも、その恐ろしさが
わかりやすく伝わるために存在しているんだと思うんですよ。

負の歴史の資料館なんて、被害者たちの悲しみを集めたような場所がなぜ存在するか。

それは、後世のひとたちに”それがいけない”ということを
”それがあったらどうなるか”という恐怖と共に伝えるためにあるんですよ。

それなのに「怖いから」って…

「怖いから」って…




日本の「くさいものには蓋を」主義… 
そんなふうに蓋をしてしまうから物事の危険性がどんどんわからなくなる。

わたしたちが世界で唯一「原爆を落とされた国」であるということは、
日本人の誰もが忘れてはいけないことだし、
だからこそ見えることがある。
世界で一番、わたしたちは原子力について
熱心に考えなきゃいけないのではないのか。


「こわいから」隠すんじゃない。
「こわい」ということを、むしろ世界中に伝えなきゃいけないのは
わたしたちなんじゃないのか。



小学校でイジメの原因になるからとあだ名を禁止にしたり、
首がしまるからとパーカーを禁止にしたり、
「こわいから」人形の展示をやめたり、

「くさいものには蓋を」。
いまのこどもたちが、知らないあいだに危険を遠ざけられ、
何が自分にとって危ないのかについて考えることもなくおとなになっていってしまったら
どんな未来が訪れるでしょうか。

わたしはそれが恐ろしくてならない。




よん

2013年3月18日月曜日

変わってしまった

副都心線乗り入れはホームとお別れをするだけではなく
ホームタウン”渋谷”を遠ざけることとなりました…

想像してください。
5階までエスカレーターでのぼるということ。

エレベーターではなく
エスカレーターです。

結構めんどくさいですね。

想像してください。
混み混みでどこにあるかわからないけどなんだか列らしきものに並んでエスカレーターにのるということ。

結構ストレス溜まりますね。

想像してください。
5階までのぼるエスカレーターが混み混みでただのぼるのを待つことしかできないということ。

開放的だった4車線の地上ホームが
地下の閉鎖空間に、たった2車線になったその事実…。













謝ったってゆるさないんだから。
とうよこせんぱい…

よん

2013年3月17日日曜日

家族平和への道

~前回のあらすじ~
民族衣装が大好き!な民族衣装が好きだマンであるわたしは
まずはじめに日本の伝統☆着物を普段着にしよう!という計画を始める。
しかしわたしはまだまだひとりじゃ着れない
着物レベル1のひよっこなのであった。


というわけで、着物を着れるようになるべく
今いろいろ必要なモノを集めているのですが
もともとうちの母と祖母は和服を仕事で使うこともあったし、好きだったということもあって
ずっと大切に保管していて
わたしが着物に目覚めたことをきっかけに
押入れの奥からいろんな小物を引っ張り出してきて
これはある、これはあるけど高いから普段着に使っちゃダメ、これはないから自分で買えなど
やいのやいのたのしそうに言ってきます。

わたしが何かを通販で買うたびに
どんなん?どんなん?と
やいのやいのたのしそうに言ってきます。

おばあちゃんとは一緒に住んでいるけど、生活の時間帯とかいろいろ合わず
そんなに話すこともないので
なんだか「交流してるなぁ~!」ってカンジ。

レベル1のわたしにふたりで着物を着せながら
とか小バカにしてきます。
内容はともあれ「たのしそうでよかったよかった」ってカンジ。

おばあちゃん、母、子
3代に渡ってたのしめるテーマ「きもの」…

おばあちゃんが好きなもの「テレビ」「スポーツ」が興味のないわたしたち親子にとって
みんなでたのしめる話題が現れたというのは一大ニュースです。
大事件です。大革命です。


まだレベル1にも関わらず、さっそく着物計画はじめてよかったなって
思うわたくしでありました。




よん

2013年3月15日金曜日

最後の日

これを撮ったのはつい最近だと思っていたのに…
月日は流れ

残すところ今日1日となりました…


騒ぎすぎやろ!と思ってるそこのあなた…。
これは東横ユーザーにとっては歴史が変わる瞬間ですよ絶対卒業アルバムの後ろのニュース乗りますよ今までは電車のなかで爆睡しても渋谷から横浜までで済んだのがこれからは埼玉まで行っちゃうかもしれないんですよ大事件ですよ!!!!

そしてこれまでは地上2階に改札があったのに地下5階にまでもぐるとあったら

それはもう…

21世紀の出来事だよね…




ああ…。
愛しの渋谷駅。
様々なひとと待ち合わせをした、2階改札。
毎日電車に乗り込んだ渋谷駅のホーム。
時には好きなひとをつけて乗った電車に偶然を装って乗り込んで話しかけたこともありました。
 
くぅ~!甘酸っぱい。甘酸っぱいね。(情報操作)
ちょっとキモいとかは事実だから言っちゃいけません。


そんな青春☆東横線とはお別れです。
わたしたちが新たに向き合うのはどんな東横線でしょうか。





…とうよこせんぱい…今日深夜の手術…頑張ってくださいね…っ!!!!




よん

2013年3月14日木曜日

世界平和への道

わたしは!!!!
何を隠そう!!!!
民族衣装が好きだマンです!!!!!

いま!!!
着物普段着化計画を推進してます!!!
とはいっても!!!
まだひとりじゃ着れません!!!(レベル1)

わたしの民族衣装愛は日本だけではなく!!!
ベトナムではやっすいアオザイを買いました!買わせていただきました!!!
ロサンゼルスに行く際に立ち寄った韓国の空港では!!!
ひとりにも関わらずチマチョゴリ体験をしました!!!!

そう、わたしは異国でひとりでも体験してしまうくらい!!!
民族衣装が好きだマンです!!!!!!

しかし!!!!
民族衣装というものは集めたくなる、集めたくなるが!
いかんせん着るところがありません!!!!

日本の民族衣装ならまだいいよ、
着物、改まった席に。
浴衣、夏の花火大会に。

だけどアオザイって…
ちょっとエロスなアオザイは、全く着るところがない。
小学生のころ香港にいったときダダこねて買ってもらったチーパオ(チャイナドレス)も
一度も日の目を見ずに終わった…

そう、異国の民族衣装はかわいくてとてもほしくなるにも関わらず
着るところがない!!!!!

ないんだ!!!!!

そこでー
わたしの夢。民族衣装が好きだマンを集めて決起集会を開く。
いいと思いませんか。これ。
世界平和につながると思いませんか。

外人さんがキモノ着てたらほっこりするじゃないですか。
たぶん敬意を持って着れば、向こうの国のひとも悪い気はしないと思うんだよねー。


というわけで、わたしはこれからの人生いつかこれを開催するために
参加者を地道に募っていきますので
我こそが民族衣装が好きだマン!て方はぜひご一報ください。




民族衣装が好きだマン

2013年3月13日水曜日

東横ラブストーリー

3月12日も終わり東横線もあと3日で副都心線と乗り入れになりますね…。
それに伴いこの2階改札ともお別れになるとか。
そう思うとのるるん(写真のキャラ)も急に小憎たらしく見えてきますね。(八つ当たり)

長年東横線ユーザーということのみならず、
中学から渋谷にある学校に通っているわたしは
9年間この2階改札を毎日のように通ってきました。
この場所にたくさんの思い出があります。
学校行くのにじゃあ改札前集合で!!って待ち合わせたり。
朝この改札を通り抜けたらともだちとばったり会って、一緒にいったり。

あそこで中学生や高校生が溜まってて
「ガキがわらわら邪魔くさいな燃やしたろか」と思うことがもしあったなら
わたしがいまここで謝罪させていただきます。
大概がうちの生徒です。ほんとすいません。
そしてわたしも他人事ではありません。ほんとすいません。
ただ、なんだか集まってしまう、あの場所…。
駅までついたけどもっと喋りたくて離れたくないとき、
あの改札前の柱に寄りかかって何時間も語り合いました。

その不思議な吸引力を持ったあの場所とも、
もうあと3日でお別れ。
ひーとみーをーとじーっればーあなーたのー!!!です。

日に日に、この”東横線渋谷駅”を記録に残そうと
カメラ小僧や東横線ラバーが駅で東横線の最後の勇姿を写真に収めています。

わたしも…。
うん…。これはどちらかといえば鉄道マニアたちの勇姿でした。
この、腕の上げ方…プロですね。
85年分のありがとう。
ああ…もう泣いちゃいそうです。やめてー。卒業しないでー。
乗り入れなくていいよー。ずっと今のままの東横君でいてほしいよー。











涙なくては迎えられない、3月16日が刻一刻と迫っているのを感じながら―――

素敵な明日を迎えましょう!
おやすみなさいっ!!!!




よん

2013年3月11日月曜日

3.11

あれから2年が経ちました…。

この2年で、何が変わりましたか?
2年という月日はあっという間に過ぎてしまいました。

あの日は、大きなターニングポイントで
いままで気にしなかったことを気にするようになったり、
いままで知らなくて済んだことをいやでも思い知らされるようになったり、
ほんとうに生活というものが変わってしまったように思います。

それが、直接的な被害に及ぶ被害者の方たちは
わたしなんかより、ずっとその「変化」を
感じていることでしょう。

その変化に対する不安は消えるどころか、
この2年のあいだ、
不安が増すような出来事ばかり起きていたような気がします。

他人事でいられれば、”元の生活”へ戻れるかもしれません。
”元の生活”は今思えば暢気な日々だったような気がします。


あの日から今日までに、
大きな悲しみに直面しなければいけないひとたちがたくさんいました。
そのひとたちが再び笑えるようにするために動かなければならないのは、
きっとわたしたちです。

わたしたちが他人事にならず、いまの日本を見つめ、事実を知る努力をし続けることで
変えられることはあると思います。

声を上げ続ける。
素敵な未来のために。



亡くなった方たちがどうか迷っていませんように。
少しでも多くの方が救われることを祈っています。


よん