こんばんは。本日はハロウィンについて多角的に考えるブログです。
わたしはハロウィンが好きではありません。
主な理由はこちらです
①風紀を乱す仮装で溢れかえる
②何故かは分からないが、決まって渋谷が汚される。渋谷育ちとして許せない現状
③ただただ下品。よそからひっぱってきたイベントを中途半端にバカ騒ぎに利用して文化がない
④パーティーピーポー怖い。
”渋谷”と”イベント”。
最近、何かあると地方から渋谷に出てきてバカ騒ぎ…といつの間にかそういう風習ができあがってしまった。
”街”を”無料のイベント場扱い”し、そこで生きている人のことも考えずゴミで散らかす。
それができるのは、”よそ者”だからです。
その地域の人であれば、その街を汚さない。
何故なら、明日からもそこで生きていくのであれば汚したくないのが当たり前だからです(笑)
当然だよね?
自分が掃除しなきゃいけないなら、道にゴミなんか捨てないでしょ。
自分にとってその日しか関係ないものだという自覚があるから汚すんです。
多分そこが街であると考える想像力が彼女たちには既にない。
もし”そこで生きている人がいる”と思えるのならば、
人を選ぶグロメイクや露出の多い衣装を着ないし、
「ここにいる人には何してもいい」なんて思わないし、
ゴミを捨てていかない。
彼らにとって、”渋谷”はもはや何の文化もない、ただの器に過ぎない。
渋谷での出来事なのにこれだけ渋谷が置いてけぼりになってしまってるのは一体どうしてだろう。
それは、今年のハロウィンに対する渋谷区の対応を見たら分かるよね。
何更衣室用意してんだって。機動隊とか、そうじゃないだろって。
人がいっぱい来たからって喜んでんのか?
人が溢れかえって、統率も取れない。
”目的”がない。そんなん正しい文化活動じゃない。
なんでそんなものを区が後援するのか?
そこには”消費”しかない。
そう、、それが今の渋谷の姿なのです。
わたしはずっと思っている。
「渋谷って何でもあるけど、何もない。」
渋谷育ちとして、よく「渋谷に何があるの?」と訊かれるんだけど答えに窮する。
109もギャル服が撤退しまくって「売れそうな服」を置いている今。
パルコも「どこにでもある服屋」ばかり。
マルイの中に100均とヴィレッジヴァンガードがあるんだよ?考えられる?
渋谷にしかないものって、もはやないんだよ。
いつの間にか渋谷は無個性な街になっていた。
それを思えば、無個性な人が集まるのも無理はない。
消費だけで埋め尽くされた文化のない街にメディアに踊らされた無個性な人が集まり、
何のリスペクトがないが故に好き勝手して去る。
これが今の渋谷の現状なんだと思う。
もしその街が好きなら、決して汚さない。
だからこそ例えば原宿はこれだけ人が集まったとしても同じことにはならないでしょう。
それが悲しくて仕方ない。
今の日本では、単なるバカ騒ぎしかできないのか?
どうにかして「自分がよければいい」「他人のことは考えない」下品なイベントから渋谷主導のまつりに変えてゆけないのか?
日本にも”秋祭り”という概念があるのにも関わらずハロウィンにこだわる理由はなんだろう?
そこにあるものが「仮装」なのだとしたら、人々の「変身願望」を育てるのは”普段抑圧しているもの”なのか?
「バカ騒ぎ」で発散させなければやっていけない社会になりつつあるのだろうか?
「渋谷」とか「日本」が置いてけぼりになる、この寂しい地域愛のないイベントを
どうにかして「渋谷主導の」「日本らしい」「まつり」として昇華できないか?
それをわたしは考える。
結局このムーブメントが、「ストレス社会」と「日本コンプレックス」「欧米リスペクト」から生まれる「消費」で作られてるとしか思えないから。
寂しいよ。本当に。寂しい。
渋谷は失った心と文化を取り戻せないのだろうか?
よん